厭世百合日記

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【ウマ娘列伝】騎手に、ファンに、そして全ての日本人に愛されたオグリキャップ 中編

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引用:http://anime-umamusume.jp/character/18.php

今年(2018年)の春に放送されたTVアニメ『ウマ娘 プリティーダービー』。

登場人物は「スペシャルウィーク」をはじめ、歴代の競走馬たちがモデルになっており、物語の流れも実際の出来事に概ね沿った形で展開されている。

そんなウマ娘のキャラたちの元ネタを【ウマ娘列伝】でわかりやすく解説していきたい。

 

今回はオグリキャップ編の後編。

いよいよG1の舞台でオグリは中央の精鋭たちと相まみえることとなる。

生い立ちから中央入りまでは前編を参照のこと

 

 

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激闘のライバルたち

芦毛両馬の対決

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引用:http://www.nikkankeiba.com/jra50/44/44.html

1988年10月。

重賞6連勝という好成績を収めたオグリキャップはいよいよG1レースへと殴り込む。

舞台は天皇賞・秋。

府中の東京競馬場で行われるこのレースの主役はやはりオグリだった。

快調な春を過ごした後、3ヶ月の休養を挟んだ復帰初戦を危なげなく勝利し、悲願のG1制覇へとまた一歩前進。

当日もオグリは1番人気に支えられる。

しかしここはG1、さすがに「一強」体制とはならなかった。

オグリと僅差の2番人気に押されたのはタマモクロスという馬だった。

この馬は錦野牧場というところで生まれ、中央でデビューするも当初はパッとしない走りを見せなかなか勝てない日々が続く。

しかし87年から88年にかけて重賞を3連勝して次第に頭角を現し、ついには天皇賞・春と宝塚記念という2つの大きなG1レースを勝つ。

これだけでもオグリと戦うにふさわしいが、それに加えてタマモクロスもまたオグリと同じ芦毛の馬だった。

さらに、タマモクロスの生まれ故郷の錦野牧場もすでに廃業しており、恵まれているとは言えない生い立ちもオグリと重なるものがある。

タマモクロスには南井克巳、オグリキャップには河内洋という騎手が跨った。

さあ、連勝街道を歩んでいる2頭の勝負の行方は・・・。

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最後の直線。

先行したまま粘るタマモクロスに猛然と迫るオグリキャップ。

灰色の2頭が集団から抜き出て叩きあう形となる。

しかし、オグリがいくら追ってもタマモクロスとの差は縮まらない。

結局タマモクロスが先頭をキープしたままゴール板を通過。

オグリはこれが中央移籍後初の黒星となった。

ついに戴冠

リベンジを誓って挑んだのは11月のジャパンカップ。

日本のみならず世界中から一流の馬が集うG1レースでオグリは3番人気になった。

1番人気はタマモクロスだ。

しかしこのレースでもオグリはタマモクロスに先着を許してしまう。

オグリは3着。

タマモクロスはわずかに及ばず2着。

勝ったのは、アメリカからはるばるやって来たペイザバトラーという馬だった。

 

2頭の最後の対決となったのは年末の有馬記念。(G1)

タマモクロスはこのレースを以て引退することが決まっていた。

オグリにとっては雪辱を果たす最後のチャンス。

しかしそれだけではない。

この有馬記念で、オグリキャップは初めて同世代の馬たちと対決することとなる。

この年のクラシックの一つ、菊花賞を制したスーパークリークという馬がオグリの前に立ちふさがった。

タマモクロスには引き続き南井克巳が、オグリキャップには新たに岡部幸雄、そしてスーパークリークにはあの武豊が騎乗して、勝負の幕が開かれる。

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直線に入るとやはりオグリとタマモクロスの一騎打ちとなった。

今度はオグリが先頭をにたって後続を寄せ付けない。

タマモクロスの南井騎手も猛然とムチを振るうが差は縮まらない。

さらに後ろからは武豊のスーパークリークも迫ってくるが、結局オグリキャップが1着でゴールイン。

タマモクロスは惜しくも2着。

スーパークリークは3着に入線するも、斜行をしたとのことで失格となってしまう。

こうしてオグリキャップは、芦毛のライバルと同世代の強豪らを退けて初のG1タイトルを手に、88年の競馬を締めくくった。

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平成三強

明けて1989年。

オグリキャップの復帰は秋までずれ込んだ。

この年からオグリとコンビを組んだのはあの南井克巳だった。

前年、タマモクロスとともにオグリと死闘を演じた名手を迎え、前年2着に敗れた天皇賞・秋へと挑む。

だがここでも強力なライバルたちがオグリの前に立ちふさがる。

一頭は、オグリと同じく地方競馬からやってきたイナリワンという馬だった。

オグリより1歳年上のイナリワンはこの年の春に武豊を鞍上に迎えて、天皇賞・春と宝塚記念の2つのG1を連勝している強豪だ。

秋の初戦はオグリの2着に敗れるも、その差はごく僅か。

今回は柴田政人という騎手を迎えリベンジを誓っていた。

そして一頭は、武豊が跨るあのスーパークリーク

前回の対決では失格という憂き目にあったこの馬もまた雪辱を果たすべく、府中へとやってきた。

そしてなにより武豊がイナリワンではなくスーパークリークを選んだところが大きな強みだ。

豪華メンバーが集った1989年天皇賞・秋。

勝負の行方は・・・。

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スーパークリークの騎手・武豊は標的をオグリキャップ一頭に定めていた。

大外枠からスタートを切るや、オグリキャップの前に位置取る。

イナリワンは後方でレースを進めていた。

直線に入り、スーパークリークは先頭に立つ。

後ろからオグリキャップが猛然と追い込んでくる。

イナリワンは伸びを欠く。

オグリキャップがスーパークリークの首差まで迫ったところがゴールだった。

オグリは前年に続き再び2着、イナリワンは6着だった。

勝ったスーパークリークに乗っていた武豊は後にこのレースを回想している。

レースは、思い描いていた通りの展開で、最高のスタートを切ったスーパークリークは、好位3番手から残り500メートルで先頭へ。

最後の直線、「オグリはいつ来る?」とドキドキしながら追い続けていました。

(中略)

来るとわかっていても、実際、背中にオグリの風圧を感じたときには、冷や汗が滲み出ました。

それでも、最後はクビ差しのぎ切り、見事に優勝。

自分自身に誇れる、会心のレースでした。

 

武豊『勝負師の極意』より

イナリワンとスーパークリーク、そしてオグリキャップ。

彼らはこの年から施行された新元号から「平成三強」と呼ばれ、89年のG1戦線でしのぎを削り合うことになる。

2度目の戴冠と世界レコード

数あるオグリのエピソードの中でも個人的に一番すごいと思うのが、マイルチャンピオンシップから連闘でジャパンカップに挑んだことだ。

天皇賞・秋を2着に終えたオグリキャップは、11月のマイルチャンピオンシップ(以下マイルCS)というG1レースへと出走する。

このマイルCSで立ちふさがったのはまたしても武豊。

武はバンブーメモリーという馬で再びオグリと激突することとなった。

しかしここではオグリ、意地を見せる。

ゴール寸前で図ったようにバンブーを差し切り、見事にG1レース2勝目を飾った。

レース後、騎手の南井克巳は涙を流した。

 

しかし、オグリキャップは休養を挟まずに翌週のジャパンカップにも出走することとなる。

通常、競走馬は一つのレースに出たら、間に2~4週あけて次のレースに臨むのが普通だ。

レースというのは馬体にかなりの負荷がかかるのだ。

G1を勝つような一流馬だともっと余裕のあるローテーションでレースを迎えるのが当たり前。

しかしオグリは連闘で、前年3着に敗れたジャパンカップに挑む。

ここでも武豊のスーパークリークと柴田政人のイナリワンがライバルとなるだけでなく、世界から強豪馬たちが来日。

その中でオグリキャップは驚異的なパフォーマンスを見せることになる。

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例のごとく猛然とした追い込みを見せるオグリキャップ。

しかし先行していたニュージーランドの芦毛馬ホーリックスにはわずかに届かず2着に敗れてしまった。

連闘で挑んだG1レースで、国内外の強豪相手に2着。

これだけでもすごいのに、このレースには衝撃的なオチが待っていた。

それは、走破タイム2:22.2という事実。

このタイムは芝2400mの国内新記録・・・のみならずなんとワールドレコードだった。

コースの芝整備技術が進歩した今日でも22秒台はめったに出ない好タイムだ。

とても連闘で挑んだとは思えない怪物ぶりをここで発揮したのだった。

ちなみにスーパークリークは4着、イナリワンは11着に終わった。

 

しかし年末の有馬記念ではさすがに疲れが出たのか、勝ったイナリワン、2着のスーパークリークから離された5着。

 

そして翌年はオグリの競争生活最後の1年。

そこで彼は伝説のアイドルホースへと覚醒するのだった・・・。

 

後編に続く

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