厭世百合日記

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【ウマ娘列伝】騎手に、ファンに、そして全ての日本人に愛されたオグリキャップ 後編

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引用:http://anime-umamusume.jp/character/18.php

 

今年(2018年)の春に放送されたTVアニメ『ウマ娘 プリティーダービー』。

登場人物は「スペシャルウィーク」をはじめ、歴代の競走馬たちがモデルになっており、物語の流れも実際の出来事に概ね沿った形で展開されている。

そんなウマ娘のキャラたちの元ネタを【ウマ娘列伝】でわかりやすく解説していきたい。

 

 

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今回はオグリキャップ編の完結として、1988年、89年の競馬界を席巻してきたオグリキャップの現役最後の1年となった1990年を見ていきたい。

生い立ちから若駒時代のオグリは前編、中央移籍後のライバルとの死闘は中編を参照のこと。

 

前編

www.yuri-nikki.com

中編

www.yuri-nikki.com

 

天才とのタッグ

好調の春

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出典:http://www.yutaka-take.com/record/g1_victory_all/detail.html?vol_id=39710

1990年のオグリキャップは、当初春のG1レースからの復帰を予定していたが、前年の激戦の疲れが抜けいないのか調子が思わしくなく、結局オグリの出走は6月の安田記念(G1)まで待たねばならなかった。

その安田記念。

東京競馬場で行われるそのレースは芝コースの1,600mで行われるG1レースだが、前年オグリと名勝負を演じたバンブーメモリーをはじめ、G1勝利馬が集い、まさにオグリにとって不足のない相手だった。

 

さて、ここまで幾度となくオグリと激突してきた武豊騎手は今回はどの馬で立ちふさがったのだろうか。

前年オグリに僅差まで迫ったバンブーメモリー?

いや、なんと武豊はオグリキャップに騎乗することが決定した

このコンビ結成はまさに青天の霹靂とも言える大事件で、オグリのファンは「最強コンビ結成!!」と興奮する一方で、「何でよりにもよってあの男と・・・」という声も少なくなかったようだ。

どうしても武豊は「アイドルホースに立ちふさがるライバル」としてのキャラが強かったのだろう。

以前にテレビで「あの馬は嫌いです」とはっきりと言い切ってしまったことも、ヒールなイメージを加速させることに。

しかしともあれ、強いオグリキャップに天才・武豊が跨る。

まさに鬼に金棒といったこの布陣で挑んだレースは当然とも言える、オグリの勝利に終わった。

こうして90年も好調なスタートを切ったオグリだが、「生きていたら武豊に並べた存在」とも称された岡潤一郎とコンビを組んだ次走の宝塚記念(G1)は惜しい2着。

さらにレース後に怪我が判明、復帰は秋を待つこととなる・・・。

海外遠征の夢

安田記念でなぜ武豊はオグリとタッグを組んだのだろうか。

実は、オグリは春のG1戦線を戦い抜いたのちに、秋にはアメリカのアーリントンミリオンステークスというG1レースへと挑むプランがあったのだ。

このレースには、海外経験の豊富な武豊が騎乗することが決まっていて、今回の安田記念はそのための馴らし騎乗としての側面が強かったと言われている。

しかし、オグリは次走の宝塚記念の直後に故障を患ってしまい、この海外遠征計画は白紙となった。

 

どうしたオグリ

栄光と悔しさを味わって夏を越したオグリは、10月の天皇賞・秋から復帰。

一昨年はタマモクロス、去年は武豊のスーパークリークにしてやられたこのレース、今年こそはと陣営も意気込んで臨む。

ちなみにこのレースで武豊は、あのバンブーメモリーに騎乗し、再びオグリに戦いを挑むこととなった。

オグリに跨ったのは増沢末夫というベテランの名手。

実績も経験もここは一枚上と評価され、一番人気に支持されたオグリだが、ここでまさかの敗北を喫してしまう。

最後の直線、いつもなら目の覚めるような爆発的な追い込みを見せるオグリの脚が全く伸びない。

そのままずるずると勝ち馬からは遠のいて、なんと6着

これまでの走りからはちょっと信じられないような惨敗だった。

勝ったのはヤエノムテキという馬で、武豊のバンブーメモリーは3着だった。

 

次走のジャパンカップもここ2年オグリが勝ちきれていなかったレース。

88年はペイザバトラー、タマモクロスに次ぐ3着、そして89年はホーリックスの世界レコードの前に2着だった。

リベンジを誓って挑んだこのレースだが、結果は11着と最悪の結果に終わってしまう。

オグリを応援し続けていたファンにとっては見ていて痛々しいほどのボロ負けだった。

春の故障からまだ復調していないのか?

それとも能力的な衰えか?

答えは見えぬまま、ついに引退レース・有馬記念へと臨むこととなる。

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オグリ! オグリ!

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出典:http://www.jra.go.jp/50th/html/50horse/47.html

そして有馬記念。

各紙では「オグリ限界説」が囁かれ、「もう引退させてやれ」というファンの声も強かったという。

馬主(オーナー)の自宅に脅迫状が届いたという逸話もあるくらいだ。

それだけオグリキャップという馬に夢を見て、声援をおくった人は多かったのだ。

もはや競馬ファンにとどまらず社会全体の関心事ともなっていたオグリのレース。

しかし全く闘争心を感じられなかった前2走の内容から、あれだけ人気の高かったオグリキャップはなんと4番人気に甘んじることとなった。

 

その引退レース、オグリとコンビを組んだのはあの武豊騎手だった。

天皇賞や有馬記念でオグリのライバルとして立ちふさがったスーパークリークがすでに引退していたため、たまたま手が空いていたことから、陣営から声がかかったのだ。

春の安田記念を制して以来の騎乗となった武豊だが、有馬当日にオグリへと跨った印象は正直あまりいいものではなかったという。

「お前、自分を誰だと思っているんだ。オグリキャップやで。ほら、みんなお前を見に来ているんだ」

武豊はそう心の中で語りかけた。

 

当日、オグリを一目見ようと競馬場にはなんと17万人の観客が押し寄せた。

女性客も多く、オグリの姿が見えると普段の怒号に代わって黄色い歓声が響いたという。

そしていよいよレースが始まる。

www.youtube.com

道中は中盤に位置していたオグリキャップは最後のコーナーからじわっと押し上げていって、直線では先頭に並ぶ勢い。

そしてそのまま抜群の手応えのままグングンと後続を突き放して、先頭でゴールイン

なんと引退レースを見事に勝利したのだった。

燃え尽きたと思われていた芦毛の怪物は、見事に復活し、引退の花道を飾ったのだ。

だがそれだけで終わらない。

www.nicovideo.jp

ニコニコ動画で恐縮だが、オグリがゴールしたあと、スタンドから猛烈な「オグリコール」が響き渡る。

武豊もその声に応えるようにコースを1周するウイニングランに浸っている。

 

こうしてオグリキャップは17万の観衆に祝福されながらターフを去った。

 

シャワーのように降り注ぐ、”オグリコール”と”ユタカコール”。

スタンドでは、ファンの方たちが目を真っ赤にして涙を流していました。

あんな光景を見たのは、後にも先にも、このときだけです。

あの感動をもう一度、見てみたい。

それが今の僕の夢です。

 

武豊『勝負師の極意』より

 

 

まとめ

地方競馬から身体一つでのし上がった、三流血統の野武士。

彼は中央の戦いの中で多くのライバルたちと競い、そして勝ち続けていった。

芦毛対決を繰り広げたタマモクロス。

幾度となく激突したバンブーメモリー。

「平成三強」を形成したイナリワン、スーパークリーク。

そして、武豊。

出自も去ることながら、こういったライバルたちとの名勝負、どこにいても目立つ芦毛の馬体などが、彼が「アイドルホース」として愛された要因ではないかと思う。

栄光と挫折、そして復活。

「競馬とは夢である」とはよく言われるが、オグリキャップという馬は、そんな人々が描いた夢を、最高の形で実現してくれる存在だったのだ。

 

おまけ

参考文献

今回この記事を執筆するあたって大いに参考にした文献が2つ。

一つは武豊著『勝負師の極意』

武騎手のデビューから今日に至るまで、様々な名馬たちとのエピソードが書かれている。

今回のオグリキャップのほか、『ウマ娘』でもおなじみのスペシャルウィークやサイレンススズカなどの逸話も収録されており、競馬に興味がある人なら楽しめるはず!

 

もう一つが、島田明宏著『誰も書かなかった武豊』

さっきのが「武豊」という視点で書かれているエピソードに対して、こちらは長年武豊騎手に寄り添って取材を続けてきた島田明宏さんから見た「第三者視点」としての武豊騎手を描いた書籍。

こちらも時系列に沿って歴代の名馬たちが登場する。

ちょっと細かい話も多いのである程度競馬の知識が備わってから読むのがおすすめ。

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